【隼】🇯🇵JAPAN🇯🇵 hatenablog

誰かの為に何かを残せればと思います。

2020-06-01から1ヶ月間の記事一覧

なぜ北朝鮮は拉致被害者を返さないのか

荒木和博先生は、拓殖大学海外事情研究所教授・特定失踪者問題調査会代表・予備役ブルーリボンの会代表・戦略情報研究所代表・民社人権会議幹事・国家基本問題研究所副評議員長です。 荒木先生はYouTubeやブログも投稿されていますのでご案内致します。 YouT…

日本人の精神性と使命感

戦前の日本は現在の都市部の生活からは想像出来ないほど、共同体意識が強かった。 引越しなどの移動が現在ほど多くなかった戦前の日本は、代々その土地に住み、血縁地縁で深く結びついた社会だった。 誰もが郷土に対する強い意識をもち、国際的にもトップク…

杉本中佐と遺言本『大義』

杉本中佐は昭和12(1937)年9月に支那事変の戦闘で戦死している。弁慶ではないが、立ったまま往生を遂げている。敵の手榴弾を浴びて倒れた杉本中佐は、軍刀を杖にして、立ち上がり、号令をかけ、倒れることもなく遙か皇居の方向に正対、挙手敬礼をして絶命…

永野修身 元帥

永野修身元帥 永野修身は土佐の人です。一番尊敬していた人が、同郷の坂本龍馬だったそうです。 明治13(1890)年のお生まれで、高知海南中学(現・高知県立高知小津高等学校)を卒業後、海軍兵学校に入学しています。兵学校では、入学時、卒業時とも成績は…

不死身の分隊長「船坂弘」

玉砕島から生還した最強の日本兵 200人もの敵兵を倒し瀕死の重症から生還した不死身の分隊長と呼ばれた伝説の日本兵で、もはや人間離れした先人の船坂 弘を紹介します。 「不死身の分隊長」と称えられ、敵軍であるアメリカ兵からも絶賛された舩坂弘は19…

戦艦「長門」

戦艦長門(ながと)は長門国を名前の由来に持つ日本海軍の戦艦で長門型戦艦の1番艦である。 大東亜戦前は日本海軍の象徴として親しまれた。敗戦後はアメリカ軍に接収され、原爆実験の標的艦となり沈没した。 大東亜戦争後、長門はアメリカ軍の核実験「クロス…

「我が身を犠牲にしても、人のために尽くせ」会津藩 白虎隊

慶応四年(1868年)、旧幕府軍(佐幕派=会津藩、新選組、他)と、官軍(勤皇派=長州藩、薩摩藩、他)の戦いの火蓋が切って落とされた。“戊辰戦争”の始まったのである。鳥羽・伏見での戦いは、旧幕府軍の敗戦で終わった。この勝利を見逃さまいと官軍は兵を…

藤田東湖の正気(せいき)の歌

藤田東湖の作で「正気(せいき)の歌」という漢詩があります。「正気の歌」は、もとは南宋の文天祥という忠臣がうたったもので、忠臣の鏡とされた人物であり、日本でも維新の志士がその歌を愛誦したといいます。藤田東湖は、これに寄せて、自作の「正気の歌…

特定失踪者問題調査会へのカンパをお願い致します。

横田滋さんが亡くなった。 この悲しみ、苦しみを何処へぶつけてよいか良く分からない。 ただ一つ言えるのは、僕たち日本全国民の力で北朝鮮による「拉致被害者を奪還する」という気概が足りなかったという事ではないでしょうか。 横田滋さんはじめ拉致被害者…